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2012年度合格座談会

ビッグバン代表松原好之と合格生5名による、ビッグバンでの生活から合格までの座談会

ビッグバン代表松原好之と合格生5名による、ビッグバンでの生活から合格までの座談会

司会

進学塾ビッグバン代表 松原好之
松原好之

進学塾ビッグバン代表

出席者

飯野 龍介 君

東邦大学医学部1年生
秀明高卒

川崎 真央 さん

埼玉医科大学1年生
吉祥女子高卒

杉本 宰輝 君

藤田保健衛生大学1年生
花園高卒

堀 雄一郎 君

川崎医科大学1年生
津高卒

松原 麻央樹 君

日本医科大学1年生
洛星高卒

松原 今年から双方向性テレビを導入しました。テレビ会議の他に、授業でも使えます。大手予備校の一方通行型衛星授業とはまた違った教育効果を生み出すことが実証されつつあります。本日はこの双方向テレビを使って、東京校―大阪校同時進行で合格座談会を行います。
まずは皆さん、合格おめでとうございます。医学部に合格して最初の夏休みといったら、人生で最も楽しいひと時でしょうね。飯野君はずいぶん成績が伸びた一人だったんですが、ビッグバンはいかがでしたか。

ビッグバンでは最初下のクラスだったのが良かったみたいです。
基礎の基礎から叩き込まれました。

飯野僕は医者の子弟の多い中高一貫校出身なんですが、高校時代はほとんど勉強しませんでしたね。父が高校生の時に亡くなって、本当は自覚を持って頑張らなきゃならなかったんですが、母の友人の方の勧めでビッグバンに入るまでは、全くと言っていいほど、寮生活を楽しむだけの高校時代でした。ビッグバンでは最初下のクラスだったのが良かったみたいです。基礎の基礎から叩き込まれました。夏を過ぎたあたりから伸びて行くのが自覚できました。また一年で3回同じ単元を繰り返すシステムがよかったと思います。先生方も素晴らしかった。あ あ、こういう先生になりたいな、と思える人が、プロの先生だけではなく、学生の先生にも多くいらして、人生の目標となる人との出会いが数多くあったと思います。

川崎ビッグバンの経営に貢献したんでしたら、光栄です(笑)。ビッグバンは、何よりも先生との距離がとても近かった点がよかったです。うちは女子高でしたが、男子校みたいなんて言われてました(笑)。つまり体育会的なノリだったんで、面倒見のいい、とことん鍛え上げてくれるビッグバンは私にはとても合ってました。現役ですから、個別だけだったんですが、ビッグバンの先生はみな教育への熱い志みたいなものが共通していて、とても楽しく過ごせました。その中には代表の息子さんの脩也先生もいらっしゃいました。本当にお世話になりました。

松原それを言われると照れますね(笑)。でも親として、正直うれしいです。うちの息子、高校時代まではバカだったんですよ。本にも書きましたけど。だいたいこの塾を開いたそもそもの動機も、うちのバカ息子じゃあ、勤めている河合塾に入れたって絶対についていけない、そう思ったからなんです。でも、元バカだった生徒が伸びて一人前の学生になれたら、教える素質としては、初めから賢い生徒が教えるより絶対にうまい教え方ができるんです。つまりバカの時代をしっかりと持っていた奴の方が、バカな生徒の気持ちと躓き部分が分かるという…(笑)。それで、同じく高校時代バカだった脩也の弟の麻央樹君は、どうでしたか?

麻央樹(笑)そう来たか。…いや、まあ、中学高校時代は、親の呼び出し何度も食らったほど素行面で問題があったから。卒業できたのも奇跡と言われたし(笑)。親の経営するビッグバンに入るのも、実をいうと抵抗がありました。でも、大手ではどうせついていけないし、高校時代みたいにサボるだろうし、と思いました。これはマジな話ですけど、ホント、ビッグバンの先生方にはとことんお世話になりました。俺の持っているものを全部お前に授けてやるから、医者になれなくても予備校講師で食っていけるだけのものを身につけろ!と言われ続けました。教えられるようになるまで受験知識とノウハウを身につける、という目標を持て、という意味です。涙が出るほどうれしかったです。

松原まあ、それで、一年生からすでに教えられる力を付けてもらったんだもんな。ビッグバンにはちゃんと高い受講料を払った分だけ、少しでも自力で取り戻してもらいたいし(笑)、それにしても、おまえ、実にチャラい恰好してんな(笑)

杉本麻央樹、あの話、オヤジさんにしろよ。

麻央樹(笑いながら)何ですか、あの話って。

杉本とぼけるなよ(笑)、あの話っていやあ、あの話やんけ。俺からバラしたろか(笑)

麻央樹いや、いいです(笑)。このオヤジはどうでもいいですが、オカンに分かってしまうと…

松原まあ、どうせ察しはつきます(笑)。ところで杉本君、君はビッグバン、どうでしたか?

杉本あ、はい(笑)。いや、最高の塾でした(笑)。

松原無理せんでいいよ(笑)。

ここには本音の教育があるな、と直感しました。

杉本いや、ホンマです。僕の出た花園高校は医学部はほとんどいません。で、浪人一年目、二年目は駿台に行ったんですが、僕は全くいい加減な生徒で、しかも放ったらかしもいいとこで、僕も駿台もどっちもいい加減なまま無駄に2年が過ぎました。そこで3年目は宅浪です。当然これもダメで、親がついに最後の切り札ビッグバンを出してきました。実はもう一つ医系予備校も候補に挙がっていたんですが、最初に話をしたビッグバンの教務の人たち、それに代表の人柄を見て、親はビッグバンに決めたようです。しかも、数学の杉山塾も併用したくてそれを代表に申し出たら、そんないい先生がいるんか。会いたいな。でもうちの塾に来てくれないだろうから、ぜひお前、行って、最良の影響を受けて来い。なんて、太っ腹なことを言っていただいて。逆に、ここは本音の教育があるな、と直感しました。

松原そうだね。覚えているよ。確かに、京都には、一匹狼的な素晴らしい先生がいるという伝統があるよね。私の浪人時代、私は近畿予備校というところに通っていたんですが、近畿予備校の物理の下妻先生という「体系物理」というバイブル書をお書きになった方が物理だけの下妻塾を開いておられて、ずいぶん多くの近畿予備校生が通っていて、力をつけていましたから。まあ、杉山先生も素晴らしいだろうけど、うちの数学の先生も素晴らしかっただろう。

杉本間違いなく、その通りです。数学の先生だけではなく、どの科目の先生も、総合力で言ったら、日本一じゃないですか。

インタビュー風景

松原ありがとう。そう言ってもらえるとうれしくてたまらない。堀君は、ビッグバンどうでしたか?

とにかく、任せておけば大丈夫、感が
ビッグバンにはありました。

やっぱり、先生がよかったですね。それに朝、昼、晩と食事もついて、決しておいしいとは言えなかったですけど(笑)、とにかく、任せておけば大丈夫、感がビッグバンにはありました。

松原任せておけば大丈夫、感とは面白い言葉ですね。堀君のおうちは、ご両親ともお医者さんなんでしょ。しかもどちらも国公立医学部出身という。プレッシャーはなかったかな?

ありましたよ。河合塾に2年通っても結果は出ないし、オヤジはうるさいし、おふくろはおたおたするし、何せオヤジは軍隊式でしたからね。代表のとこみたいによく理解してくれる親だったらって、何度も思いましたよ(笑)

麻央樹そんなことないですよ。このオヤジはこのオヤジで、結構厄介ですわ。答えたくない質問もしつこく聞いてくるし、こちらが黙ってるっちゅうことは、答えたくないという意思表示であって、それをわかってほしいのに、おまえは何も考えとらんやろ、なんてトンチンカンなこと喚き散らしてくるし(笑)。

松原代表の息子の苦しみはようわかった(笑)。堀君、そういうこっちゃ。親に多くのものを求めてはいかんよ(笑)。
ではお一人ずつ、医師になる学生としての抱負と後輩への提言を語ってください。

何事も時間は待ってくれない。
だから、しっかりと計画をたててそれを着実にこなすこと。

飯野父が亡くなったのは僕が高1の時でしたが、ガンが見つかったのは小4の時。その間6年以上は闘病というのではなかったですが、ガンが徐々に進行していく中で家族に蓄えを残そうと働いていたように思います。お蔭で僕は医系予備校にも私立医学部にも行くことができました。父が残してくれた財産は、家族が自分の夢を果たすのに必要な金銭的な蓄えだけではなく、限られた時間でしっかりと計画を立てることの大切さだったような気がします。後輩の皆さんに提言するとしたら、これは僕自身にも言い聞かせることなんですが、何事も時間は待ってくれない。だから、しっかりと計画を立ててそれを着実にこなすこと、ということです。

川崎私の祖父は98歳でまだ現役の医師です。私は野口英世の伝記を読んで医者になろうと決心しましたが、身近に祖父のような存在があったことも後押ししてくれました。誰もが身内に尊敬できる、目標となるような存在があると思います。身内でなくても、身近な存在として必ずいると思います。その人を前に恥ずかしくない生き方をすることだと思います。そして、ビッグバンで私が出会ったようないい師との出会いを求めることだと思います。

麻央樹小学校の時家族5人でヨーロッパ貧乏旅行をしてきました。鉄道地図とトーマスクック時刻表を使って全行程を企画したのは父でしたが、スイスで泊まるところが見つからず右往左往している時に的確な交渉と臨機応変な決断で貸別荘をゲットしたのは母でした。その血を受け継いだ者として企画力と臨機応変な対応力を持った医師になりたいと思います。後輩の皆さんには、僕の口から言うのも変ですけど、ビッグバンを完全に信じて、先生の言うことにしたがってくれれば、必ず合格するものと思います。

杉本僕の父母もあまり細かいことを言わず、僕を信じて僕のしたいことを全面的に肯定してくれ、お金を出してくれました。そして肝心なところで、人を見る目を貸し与えてくれました。つまり、僕があまりにも人を信用しすぎるお人好しなところを心配して人生の先輩として的確なアドバイスをくれました。後輩の皆さんに言いたいことは、まず楽観的にモノを考えろ。そして、一番大切な身内の別角度からの意見をしっかり聴け!ということです。

今更ながらですけど。やはり、オヤジは軍隊式の体育会系的であっていいと思うんです。そして、おふくろはそういうオヤジを面倒だと思いながら、やっぱりオヤジのやり方を肯定している、そしておふくろの役目をきちんと果たす、といううちのような生き方はとてもいいと思うんです。やっぱり日本の伝統はいいと思います。サッカーでも柔道でも、日本が勝てばうれしい、負けたら悔しい、うちのオヤジやおふくろの悪口を言われたら腹が立つ。そこが原点です。僕は日本を担っている、家族を担っている、という気概を持ちたいし、後輩の皆さんにも持ってほしい、そう思います。

松原皆さん、ありがとうございました。みんなしっかりしてますね。私は、高1の頃の麻央樹と一緒にイエメンに行った時、谷あいの路上マーケットで少年がカラシニコフというロシア製の銃を売っていました。手に取るとずっしりと重い確かにこれは殺傷能力のある本物の銃だと感じました。麻央樹もそれを手に取りました。麻央樹が、この重みは人の命の代価であるような気がすると言ったとき、こいつは医者になるべきだと感じました。…親ばかの父親の意見で申し訳ありません(笑)。
皆さんも、いいご両親に恵まれ、必ずや、いい医者になれると思います。皆さんのような医学徒と、その親御さんと縁を結ばせていただいたことを、ビッグバン教職員一同、誇りに思います。がんばってください。今日はありがとうございました。

一同ありがとうございました。