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2013年度合格座談会

各校代表の合格生徒と講師による、双方向性TVを使った合同座談会

各校代表の合格生徒と講師による、双方向性TVを使った合同座談会

司会

進学塾ビッグバン代表 松原好之
竿先 裕介

大阪茨木校校舎長

進学塾ビッグバン代表 松原好之
森 憲

大阪上本町校校舎長
(西日本エリア統括部長)

進学塾ビッグバン代表 松原好之
山口 寛樹

東京お茶の水校校舎長
(東日本エリア統括部長)

出席者

近江 舞 さん

大阪茨木校
関西医科大学1回生
(四天王寺高校卒)

永田 大貴 君

大阪茨木校
藤田保健衛生大学1回生
(大阪桐蔭高校卒)

後藤田 英正君

大阪上本町校
金沢医科大学1回生
(帝塚山高校卒)

岩田 匡祐 君

東京お茶の水校
筑波大学医学群1年生
(学習院高等科卒)

上田 雄大 君

東京お茶の水校
東邦大学医学部1年生
(成田高校卒)

■ いつ頃から医者を志したんですか

竿先 皆さんはいつ頃から医者を志したんですか?

近江高校生の頃からです。テレビ番組で医療を取り上げているのを見たときからです。もちろん、父が医者だということもありました。兄が医者を目指しているということもありました。

永田僕は、はっきり言って浪人してからですね。医者一族なのでそれに対する反発もありましたし、…でもやっぱり医者というのは自由業的だし、全国どこへ行っても生活できますし。というのも僕には放浪癖があるんで(笑)。

後藤田僕は高校に入り、将来を考えたときに、真っ先にサラリーマンは嫌やな、と思ったんです。それで親に相談したら、医者か歯医者かな、という返事。僕は双子の片割れなんですが、兄の方は歯医者になりました。親の跡を継ぐようです。

岩田僕は父親が医者なので、また親も医者になることを望んでおり、まあ自然に、ほかの選択肢も初めからなくて、いつごろかは覚えていません。ですから、医者になるという気負いもない代わりに、強い情熱といったものもなかったです(笑)。

上田僕の場合は、医者というものに対する小さいころから漠然とした憧れはありました。大きなきっかけは、高2の頃に、父の手術現場を見る機会がありまして、そこではっきりと決断しました。強い情熱の割にはなかなか勉強モードには入りませんでしたけど(笑)。

家庭やビッグバンでの受験生活はどうでしたか?

近江家では成績のことはあまり言いませんでした。無関心っぽかったです。でも家に帰るとことさらおいしいものを食べさせてくれて、気を遣ってくれるのがよくわかりました。ビッグバンは兄がここで合格させてもらったので、私も、ということで前の医系予備校を辞めて来ましたが、少人数で、しかもアットホーム的でとてもよかったです。日本中いろんな地方から来ていましたが、ホント皆仲良しで、お互い質問しあったり、悩みを打ち明けあったりしてましたね。プロの先生とも、個別の学生講師とも距離が近く、あんな医学生になりたいな、あんな医者になりたいな、という憧れを抱くことができました。

永田うちの場合、僕が浪人中、家庭内は険悪そのものでしたね(笑)。夫婦問題、子育て問題、嫁姑問題、それこそ家庭問題のオンパレードでした。とにかくみんな元気で喧嘩してるんですよ。僕と弟だけが小さくなってました(笑)。ところが不思議なこと合格した年に限って夫婦仲が急によくなったんですね。するとすべてが好転してきた。なにか憑き物が取れたんですかね(笑)。ビッグバンに来る前は、大手で2年浪人したんですが、そこで習っていた有名どころの先生の授業ノートを整理するのと並行してビッグバンの授業を受けたんですが、これが僕には合ってましたね。つまり僕のタイプは、大手だけでも合格しないし、ビッグバンだけでも合格したかどうかわからない、両方がうまくミックスされてこそ合格まで持って行ける、そんな気がしました。コストパーフォーマンスから言ったら、めちゃめちゃ非効率的ですよね。金がかかって仕様がない。親からすればたまりませんよ。でも、その点で親には感謝していますし、詫びたい気持ちです。結局は僕がいつまでも浪人して合格のめどが立たないことが家庭不和の原因だったわけですから。

後藤田うちは幸いにして浪人は一年で済みましたから家庭は平和そのものでした(笑)。親が規則正しい生活をし、僕もそれに見習う形でしたから、体調を崩したこともほとんどありませんでしたし、無遅刻無欠席で、たとえ落ちても合格保証制度で来年は受講料100パーセント免除の資格を得る道まっしぐらでした。僕は数学が苦手でしたが、個別で基礎の基礎から徹底的に教わったお蔭で何とか人並みの点数を取れるところまで来ました。演習の授業だとつい手を抜いて受講したり、居眠りさえしてしまう人がいましたが、やっぱりそういう人は成績が伸びませんでしたね。

岩田僕も規則正しい生活を心がけていましたし、両親もそれを全面的にサポートする一年でした。そのお蔭で信じられないほど成績が伸びて、現役の時は私立医学部一次も受からない全滅だったのが、国立、私立ほぼ全勝という結果になりました。高校時代はゆとり教育の反映からか成績をいちいち廊下に貼り出すなんてことはなかったのですが、ビッグバンでは毎週それがあるので、ドキドキでした。よく言えば負けず嫌い、悪く言えば恥をかきたくない見栄っ張りな人間なので、結果を出し続けようと必死になるのがよかったです。願書記入や面接対策、二次試験対策をしていただけるなどきめの細かい指導がとても心強く感じられました。東京は初年度なのにずいぶん完成した塾だなあ、と感心させていただきました(笑)。

上田僕も、親がまずこの塾を気に入って入塾を後押ししてくれたこともあって、塾に対する信頼が絶大だったのが大きいです。帰ったらすぐ寝れるように準備してくれていたり、頼めば夜食を作ってくれたり、朝早く起きて勉強したいと言ったら文句も言わず起こしてくれました。ホント三位一体といった態勢が意志の弱い僕を助けてくれた、という感じです。これがなければ、アキバ通いが開始されていたのではないかと(笑)。ビッグバンは、少人数授業+個別指導というシステムが確立されていたのと、3回繰り返すシステムというのがよかったですね。いや3回どころではなく、毎日、毎週、反復の繰り返しと言っても過言ではありませんでした。それがようやく身に付いたな、と思ったのは12月の半ばごろでしたから、ビッグバンの体制に沿って勉強していなかったら今頃はどうなっていたことやら、とぞっとした覚えがあります。

■ 合格の秘訣、後輩へのアドバイス

山口合格の秘訣、後輩へのアドバイスをお聞かせください。

近江勉強の進み具合が悪い日があるのは当然なので、そういう日は最低限のこと――塾の授業に出るだけとか、単語を最低10個だけ覚えるとか――だけをしてさっさと寝て、その分朝早く起きて勉強する。だらだらする日を2日以上続けない。あと、模試や小テストでできなかったことは必ず直しをするかしてもらうこと。それと良かった成績だけを覚えておくことです。医学部受験は一発勝負ではなく1校でも受かればいいのでよかった体験が一回でもあれば、と楽観的に思うことです。

永田特に苦手な科目に関しては、この問題が来たらこう解くとか、こう攻めるといったパターンをしっかり持つことです。是が非でも得意になろうとか、自分の力を過信して、できもしない問題に挑戦するなんてことを考えず、パターン学習に徹することです。ビッグバンは上のクラスも下のクラスも有能な先生がたくさんいるので、どんどん先生の中に飛び込んでいけますし、先生も応えてくれます。自分の課題をしっかり持ち、それをもっていって、次の課題を出してもらうこと。先生は参考書選びにも付き合ってくれますから、遠慮なく先生の中に入っていくことが合格の秘訣だと思います

後藤田変な話ですが、お金を惜しんでというか、個別指導を惜しんで自分でやろうとしないことです。もともとビッグバンは受講料の高い予備校ですが、それだけの講師が集まっているからだ、というのは入ってみてすぐわかることです。僕の口から言うのもなんですが、親も覚悟を決めていますから、遠慮なくどんどん個別指導を取ることです。どんどん、と言うと語弊がありますが、ここが勝負どころだ!と決めたからには、時間も労力もお金も惜しんではならない、ということです。うちの親は、その点心配無用!と言ってくれましたし、それでずいぶん助かりました。子どもとしても、たとえ落ちてもしっかり通っていれば、来年は合格保証制度が適用されるんだから、という気持ちになります。この制度を利用すべきなんです。ビッグバンもそういう願いを込めて建てた制度なんですから

岩田ビッグバンに来る人は、少なくとも一度は失敗している人なので、ここに来たら、ぜひ去年やれなかったことを試す気で行ってほしいと思います。自分の力を過信しないでほしいです。テスト直前まで、自分の実力を高めるために塾では勉強し続けてほしいです。まあ、塾以外ではほとんど勉強しなくてもいいと思いますよ。ただ遊ぶ時間、ゲームをする時間、無駄話をする時間、ネットサーフィンをする時間を極力減らし、寝る時間を確保すべきでしょうね。ビッグバンは、自分専用のロッカーと学習ブースが用意されていますし、先生方とも気軽に話せる環境があります。これを大いに利用すべきですね

上田ビッグバンは復習、定着を最も重視する塾です。すべての入試問題は、人間が人間を試すものであること、すでに答えのわかっている問いを時間内に解決する能力を問うものであることという前提をはっきり打ち出してくれます。だから決して無駄な難問にチャレンジする必要はないことを知るべきです。また我流は捨てるべきです。ビッグバンの先生は、受験勉強ごときに我流なんか使うな、医者として自立してから我流を出せ!という名文句で我流を排除してくれますから、うまいことビッグバンに乗れば必ず医学部に受かると思いますよ。

インタビュー風景

山口みんな、ソツの無いことを言いますね。東京の子だけかと思ったら、大阪の子も。

大阪はしゃべくり漫才の発祥地ですからね。間の取り方なんか抜群でしょ?

竿先いや、みんな一年前と比べて成長してますよ。最後に、どんな医者になりたいか聞いてみましょう。

■ どんな医者になりたいですか

近江患者さん目線で話ができ、患者さんだけではなく、一緒に治療にあたる同僚の医者、看護師からも信頼される責任感ある医者、また自分の欠点を素直に受け止め、いつまでも努力する医者、月並みですが、こんなところです。

永田患者さんにとって、身近で話しやすい医者になりたいですね。僕は日本の歴史が好きで、心が病みそうなときには小旅行をして、神社仏閣やお城を訪ね歩いたものです。靖国神社で日本を救ってくれた英霊に参拝すると不思議に心が落ち着きました。患者さん一人ひとりには歴史があります。その歴史の一端に触れてなにがしかの感想を漏らすだけで、その患者は癒されると思います。そんな医者になりたいです。

後藤田僻地でも活躍できる家庭医になりたいと思います。最先端医療を受けられない僻地で、それに匹敵する治療ができたらと思うので、アタマを使って少しでも最先端医療に近づけるような工夫ある医者になりたいです。無医村、離島や、また医療が不十分な世界を視野においた活動をしていきたいです。金沢医科大学は臨床医の徹底的な育成を図っていると聞いているので、ここに入学できて本当によかったと思っています。

岩田まだ研究に進むか臨床に進むか決めてはいませんが、とにかく余裕を持った医師になることが目標です。面接でもそれを言いました。僕は特別手先が器用でもないし、新たなことを発見することもできないと思います。ですが、発展する医学を生涯学び続けるためのアタマの余裕を持ちたいですし、臨床医としてなら、心配でならない患者やその身内の人々を落ち着かせる、安心を与えることができるある程度の余裕、それがあるからこそ、診断中にあらゆる可能性を考慮することができる余裕を持つ医者になりたいと思っています。

上田僕はまだ理想的な医者のイメージはわかりません。いろんな人と出会い、いろんな本を読んでいく中で徐々にイメージは出来上がっていくものと思います。ただ一つ言えることは、患者さんにこの人に診てもらって本当によかったと思われるような医者になりたいことだけは確かです。医者は人の命を預かる職業と言われていますが、実は、人の心を預かる部分の方が多いような気がします。大それたことを言うつもりはありませんが、人の心と向き合える医者に慣れたら、と思います。ビッグバンでもすでにそんなことを学べる気配がありました。少なくともビッグバンに来なかった人より、いい医者になれるとは思っています(笑)。

一同素晴らしいお話ばかりでした。ありがとうございました。