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2015年度医学部合格者インタビュー

ズバリ聞く合格の秘訣 2015年最新合格者インタビュー!

ズバリ聞く合格の秘訣 2015年最新合格者インタビュー!

今年も激戦だった医学部受験。そんな難関を乗り越えた合格者たちに、ビッグバンでの合格の秘訣をインタビューします!

インタビュアー

進学塾ビッグバン 東京お茶の水校 校舎長 山口寛樹
山口寛樹

進学塾ビッグバン
東京お茶の水校
校舎長

進学塾ビッグバン 西日本教務部長 中島宏
中島宏

進学塾ビッグバン
西日本
教務部長

合格者

W.S君(東京お茶の水校)
W.S君
(東京お茶の水校)

【進学先】
杏林大学医学部
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F.T君(東京お茶の水校)
F.T君
(東京お茶の水校)

【進学先】
獨協医科大学
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K.M君(大阪茨木校)
K.M君
(大阪茨木校)

2014 川崎医科大学
特別推薦入試合格
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S.Mさん(大阪南校)
S.Mさん
(大阪南校)

2014 川崎医科大学
特別推薦入試合格
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W.S君 杏林大学医学部 合格

W.S君

【名前】
W.S君
【進学先】
杏林大学医学部
【年齢】
22歳
【偏差値】
入塾前:58 受験直前:68
【高校卒業後】
1年目:自宅浪人 2年目:大手予備校 3年目:個別医系予備校

ビッグバンに入る経緯

2015年度医学部合格者インタビュー

ビッグバンを知ったきっかけは?

W一番最初は、父に紹介されたことです。『ビッグバンの生徒はほぼ全員合格しているから』と、言われて半信半疑でしたが、ひとまず話を聞きにいったのが始まりでした。

ビッグバンに入る決め手はなんですか?

W朝9:00から夜22:00まで拘束してくれるところですね。今までの浪人生活で、自習が苦手なことは理解していたので、システムとして縛りがある点が決め手でした。
朝から夜まで密に授業が詰まっていて、強制的に勉強できる環境に置かれるため、自習が苦手な僕でも十分な勉強時間を確保できました。

ビッグバンに初めて来たときの第一印象は?

W実は、4浪目にして初めて集団授業の予備校だったんです(笑)。今まではずっと個別授業オンリーの予備校でした。
集団授業と言っても少人数制なので、問題の解き方も細かく見てくれる点と、他の人の解法を見ることで気づかされることが多かった点が良かったです。

ビッグバンの授業について

授業はどうでしたか?

W同じ単元を複数回やるのがよかったです。1年で全ての分野を何周も繰り返すカリキュラムにより、一度習った知識を忘れないうちに固めることができました。何周もと言っても、問題のレベルはだんだんあがっていくので、しっかりとした理解ができていないと難しく感じる。だからしっかり復習をする、というサイクルが自然にできていました。

ビッグバンの先生はどうでしたか?

W集団授業の先生は本当に素晴らしかったです。特に奥平先生の面倒見の良さは、予備校界でNo.1だと思います。聞くところによると、ほかの予備校ではクラスによって担当する先生が違うらしいですけど、ビッグバンではすべてのクラスの授業を見てくれるので、どのクラスにいても最高の先生の授業を受けられるのは魅力だと思います。

個別授業の担当の先生はどのような指導をしてくれましたか?

W苦手を徹底的につぶしていく指導でした。生徒に対して”出来る”と思っていないので、何回も何回も、同じところを重点的にやってくれたのがよかったです。さすがにビッグバンの個別の講師はプロも学生も優れモノぞろいで(笑)。特に医学生の学生講師は将来先輩医師として永く尊敬できる方たちばかりでした。
僕を担当していただいた先生の中でも特に生物の担当でチーフの森谷先生は、自分の授業のためにすごく準備をしてくれる先生で、人間的にもすごく尊敬しています。あんな大学生になりたいです。

生物科 森谷先生

生物科 森谷先生

ビッグバンの生活について

2015年度医学部合格者インタビュー

食事についてはどうでしたか?

Wお茶の水は学生の街で、美味しそうなお店がたくさんあるのですが、僕はビッグバンでのお弁当が中心の生活でした。たくさんの選択肢があって、毎日飽きずに食べてました。文句はまったくありません。

休みの日は何をしていました?

W遊ぶか、寝るか、ですね(笑)。自習はしたくなかったので、授業を真面目に受けて、個別授業で復習。他はオフにして、メリハリがハッキリしていました。たまに友達に会うなりして、息抜きしていました。

少し突っ込んだ質問ですが、4浪目で友達は就職の年だったけど、どうなの?焦りはあった?

W友人関係はなんともなかったです。焦りはありませんでしたが、時間を無駄にしている感じはありました(笑)

今年で決める覚悟はあった?

Wさすがに今年は受かるでしょと思ってました。一次試験すら通ったことないのに、この自信がどこから来るかわかりませんけど(笑)

スタッフの方のフォローはどうでしたか?

Wすごく良かったです。願書のサポートはとにかく最高でした。願書の取り寄せに始まり、振込み代行、出願の管理までやっていただいて。今までは出願日ギリギリに出していたのに、こんなに余裕をもって出願できたのは、4浪目にして初めてでした(笑)

受験について

受験校選びはどのように決めましたか?

W教務の方と受験校を相談して決めていく際に、僕の強い希望で受験できるところをすべて受験したいと言ったんです。体力的な面を考慮して少し減らしてはと、提案していただいたんですが、結局無理を言って、毎日受験できるよう出願しました。数打って当てる戦法です。同じ試験日の大学は、教務の方のアドバイスで少しでも自分に合っている大学を受験しました。

ビッグバンの大学別対策講座はどうでしたか?

W全部受講しました。全部取ったから受かったのかもしれません。4年目なので、傾向と対策はだいたい頭に入っていたので、総合演習の目的で受講しました。

引率など、受験当日のフォローはどうでしたか?

W都内在住なので、受験当日の案内は愛知医科大学だけ引率をお願いしました。池袋だけ出口が複雑なので不安だったので。

最後にこれから受験する人へメッセージをお願いします。

Wビッグバンを信じて、苦手科目をなくすことが重要だと思います。
講師の方はいつでも丁寧に質問に答えてくれますし、悩み相談にも乗ってくれるので、どんどん話しかけると良いと思います。

ありがとうございました!

F.T君 獨協医科大学 合格

F.T君

【名前】
F.T君
【進学先】
獨協医科大学合格
【年齢】
19歳
【偏差値】
入塾前:48 受験直前:62

ビッグバンに入る経緯

2015年度医学部合格者インタビュー

ビッグバンを知ったきっかけは?

Fお父さんが知り合いの方に紹介されたのがきっかけです。予備校選びは、お父さんがやっていて、ビッグバンともう1つが候補にあがったので、家族で説明会に参加することになりました。

ビッグバンに入塾する決め手は?

Fお父さんとして、やはり1年で合格してほしい想いが強かったので、勉強時間が多い完全拘束が魅力的だったようです。僕は説明会で受講した奥平先生の体験授業が目から鱗、感謝感激で、この人の授業を1年間受けてみたいと心から思いました。

9:00~22:00までの拘束には抵抗はなかった?

F実はそこまで大変だと考えていませんでした。自分自身、マイペースでのんびりしているので、1年間スケジュールを管理してくれる面では自分に合っているのかな、と漠然と思っていました。

ビッグバンの授業について

早朝テストをはじめとした毎日行われるテストはどのように取り組みましたか?

Fどれも頑張りました。特に早朝テストは山口さんが口酸っぱく重要性を説いてくれたこともあって、しっかりやりました。学習した範囲から出題される週間テストは、定着が出来ているか、確認してもらえるので、後半になればなるほど大事だなぁと噛みしめながら取り組みました。

印象に残っている先生を教えてください。

Fやはり”医学部受験界の神”と称される化学科の國兼先生の授業は、毎回鮮烈なインパクトを僕に浴びせてくれました。おかげで化学が一番得意になりました。

個別指導の先生はどのような指導をしてくれましたか?

F数学を担当してくださった広川先生は、人柄が本当によくて、個別を担当してくださった先生の中で一番尊敬しています。ビッグバンの個別指導の先生は、授業のわからなかった部分を解説してくれるのは当然として、受験で使うポイントを簡潔明瞭に伝えてくださるので、自然と身体が実践向きになっていくのがわかりました。生物を担当してくださった竹川先生も各受験大学の傾向に即した指導を徹底し、非常に丁寧にみてくださいました。

広川先生とは、見ていてもすごく仲がよかったように見えました。

Fまさに実の弟のように可愛がってもらいました。授業の後も、ご飯に連れて行っていただくことも多かったです。広川先生の本名は広川匡大。まさに兄弟のような関係でした(笑)

数学科 広川先生(東京大学)と生物科 竹川先生(日本医科大学) 数学科 広川先生(東京大学) 生物科 竹川先生(日本医科大学)

ビッグバンの生活について

初めての1人暮らしはどうでしたか?

F正直な話。ビックバンにいる時間が長かったので、あまり1人暮らししていた実感はありません。紹介いただいたマンションも、設備が非常に良かったのですけどね(笑)

スタッフの方のフォローはどうでしたか?

F朝、起きれなかったときに、スタッフの方が起こしにきてくれたのがありがたかったです。また困ったことがあれば、お願いをすれば必ず対応していただけるのが嬉しかったです。

その他、ありがたかったサポートはありますか?

F夏に風邪をひいたとき、山口さんや石井さんが家まで来てくれて、食事や飲み物を差し入れてくれましたよね。正直心細かったですけど、途端に安心できました。

受験について

受験校選びはどのように決めましたか?

Fビッグバンや両親と相談をして、すごく難関を避けつつも、出来る限り受験できるよう、選びました。

対策講座はどうでしたか?

F必要だと考えてなるべく受講しました。やはり自分で勉強するよりも、必要なものを抽出してもらう方が効率いいと思うし、受験日が近づくにつれ不安な気持ちもあるので、これだけやっておけば大丈夫!という対策講座の受講を意識しました。

最後にこれから受験する人へメッセージをお願いします。

F明日が本番だと思って、1日1日を大事に使ってください!気が付いたら、本番はすぐですよ。

ありがとうございました!

Front Runner’s Interview ~推薦入試合格者一問一答集~

2015年度医学部合格者インタビュー K.Mくん(大阪茨木校)
2014 川崎医科大学 特別推薦入試合格
S.Mさん(大阪南校)
2014 川崎医科大学 特別推薦入試合格

次に掲げるのは、2014年度の進学塾ビッグバン・レギュラー生として勉学を重ね、みごと川崎医科大学 特別推薦入試で合格を勝ち取った生徒2名との一問一答です。

合格者一問一答

いつごろから推薦入試を意識しましたか?かつ取り組みましたか?

K浪人して9月ごろからでした。ビッグバンの授業はとてもわかりやすかったですが、皆勉強するので、ずっと下から2番目のクラスでした。成績は伸びていたと思うのですが、皆が伸びているので、親がお前は全然勉強していない、と怒り出しました。それもあって、早く浪人を終えたいと思い、推薦枠がもらえるという情報に飛びついたんです。

S私は、2浪目の今年は成績も伸び、一番上のクラスに入れました。ですから、最初は全く受ける気はなかったんですが、夏期前に、ともかく受けてみなさい、と親に言われて、軽い気持ちで受けることにしました。

どんな勉強をしましたか?推薦入試ということで特に変わった勉強法をしましたか?

K普段と同じ、ビッグバンのテキストを一般入試のスケジュールにしたがってやっただけです。しかし、ビッグバンは8月までに全課程を修了するので、漏れはありません。それが推薦入試が行われる11月に、ビッグバン生が他の予備校の受験生よりもアドバンテージをもらえる原因だと思います。一応一般入試の過去問まで取り組みましたが、推薦の問題ははるかに易しいものでした。初学の生物は個別指導90分を3回、免疫・ホルモン・腎臓にヤマを貼って勉強しましたが、なんとそこからほとんど出題されたのでラッキーでした。ビッグバンの情報力のおかげです。

S英、数、化、生と、小論文は推薦入試対策は特になし。むしろ普段の学習を切らさないように、淡々と継続勉強していました。物理は初学だったんですが、ここは個別指導の先生から1か月ほど基礎の基礎を教えてもらい、それで対策は十分でした。国語(=一般常識)は、日頃ニュースを観る習慣を身に付けていたのと、諸先生の授業の合間の雑談に時事ネタが多かったのとで助かりました。

本番ではどんな形式でどんな質問をされましたか?面接官の反応はどうでしたか?

K受験生1人対面接官3人で、1回目の面接では大学の志望理由や卒業高校の特色などを訊かれました。3人の面接官のうちの一人が、私が答えるたびに険しい表情でため息をついたりと、終始不機嫌そうで、とても不安になりました。しかし2回目の面接では打って変わって「敬語は無理に使わなくてもいいから」とかなり穏やかな雰囲気で、内容も「地域に残る気ある?」とか世間話のような感じで、リラックスして受けられました。

SKくんとほぼ同形式です。1回目の面接で嫌な人が出てきたところも(笑)。2回目の面接官の1人が徳島大学卒の先生で、徳島出身の私にはとてもフレンドリーに接してくれました。

2015年度医学部合格者インタビュー

ビッグバンにはどういういきさつで入塾し、どんなふうに関わりましたか。

K高校のPTAのある幹部の方が、かつてビッグバンに紹介した秀明高校生が皆いい結果を出しているので、その人の紹介でビッグバンに入塾しました。大阪校にしたのは、親元を離れて苦労しなさい、という親の配慮でした。父が高知の出身なのですぐ馴染めました。関西らしいアットホームで思いやるある先生やスタッフの方々に恵まれました。個別指導の学生の先生も、指導後にも時間を取っていろいろと相談に乗ってくれました。ビッグバンは、学習面でも精神面でも本当に支えになってくれました。

S私は高2になる前の春に、父が代表と岡山キャラバンで会い、その人柄に惚れたようでした。実は父も受験生の頃、大阪の予備校に通っていて、代表の飲み友達の大西先生の若いころに化学を習って高知大学医学部に合格したいきさつもあり、娘を大阪にやって、代表や大西先生の影響を受けさせたいという思いがあったようです。私は外へ出るのが大好きだったので、二つ返事で、春期や夏期、冬期のたびごとにビッグバンのフリープランに参加しました。高校2年間と浪人してから2年間、ビッグバンにはお世話になりましたが、辛いとか苦しいとか思ったことはほとんどありませんでした。恩師も友達もたくさんできました。尊敬できる先生たちと出会い、あんな医学生、あんな医者になれたらいいな、と思えることが多々ありました。あのまま田舎にいたんでは“井の中の蛙”で医学部合格なんてとても無理だったと思います。

人より早く合格通知をもらった今、何をして暮らしていますか。

K今は、東京の祖父母の家に滞在しており、カルテ整理などの病院の手伝いをしています。ビッグバンの代表やプロや個別の先生に言われた、名作と言われる本や映画をこの機会に鑑賞しなさい、を実践しようと思い、ぼちぼち始めています。この前は戦前の台湾の甲子園を目指す高校生を描いた“KANO”を観てきました。とても感動しました。

S十分すぎる時間を利用して、父の知り合いのロス在住の人に頼んで、カリフォルニアに3週間ホームステイしてきました。大学には許可を取る必要はありませんでした。高校1,2年の時も夏休みにそうしていました。わが家の方針です。お蔭で英会話には困りません。

あなた方は地域医療に大いに期待される人材です。どんな医師を目指しますか。

K今は親のありがたみをひしひしと感じています。父や母が地域の人たちに愛され、信頼されている様を見て、あんな風になりたいな、とつくづく思います。父の田舎の高知の人たちに愛されるよう、努力していきたいと思います。それがビッグバンの先生方に対する恩返しだと思っています。

S一度実家を離れてみて、ますます、地元徳島が大好きになりました。父が地元のタウン誌に書いている“健康寿命”に関する文章に代表がエールを送って下さり、家族一同、ますます意気に感じています。地域医療に生涯を賭けたいと思います。